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人の縁と運について

久しぶりに同業社長と山に行きました。この方は私が山にハマるきっかけとなった方で、3年前にとある山に連れて行ってくれた私の山の師匠(勝手に弟子入り)なのです。しかし過去に2回しかご一緒しておらず、行こう行こうと言い合ってはや2年、ようやく都合が合いました。いや、普段ソロばかりなので誰かと一緒(特に自分より上級者)だとついコーフンしてしまいますね。まるで子供のようにはしゃいでしまいました(笑)

さておき。

先日、マエストロ・セイジオザワ(小澤征爾)が亡くなりました。
ジャズばかりの自分がクラシック音楽にもハマったのは、2014年の日経新聞に掲載された彼の「私の履歴書」を読んだことがきっかけでした。

世界のオザワとして偉大な方なのに、破天荒で無鉄砲な欧州武者修行のエピソードはとてもユニークで親しみがわきました。もちろん苦難を乗り越え苦労と努力を重ねた方ですが、その愛すべきキャラクターからたくさんの巨匠たちに可愛がられ、様々なチャンスを与えられてそれをつかんできた。素晴らしい「人の縁」に恵まれた「運が良い」方だと感じました。

ふと考えてみると、「人の縁」とは「運」そのものですね。ある意味コントロールできるものではない。たまたま巡り会える縁とは、本来奇跡的な確率で生まれるものなのだろうと。何十億という人間がいるなかで、一生で出会う人には限りがある。まあ、今は昔と違ってマッチングアプリという神ツールもあるようですが(笑)。

「運をつかむ方法」などについてのノウハウ本や自己啓発本はたくさんありますが、個人的にはあまりピンときません。もちろん、そんな態度じゃ「運」に見放されるだろうというネガティブなものは否定しませんが、運を引き寄せるのにこうすればという方法はないと思うのです。

もしかしたら「それ」に気づいてないだけで、大事にしていなかったから「幸運」にならずにスルーしていただけかもしれません。大切なのは、それを縁だと感じて大事にして、信頼関係を築けるかということではないでしょうか。そうでないとせっかくの縁でも長続きはしないでしょうしね。

自分事として振り返ってみると、私は人付き合いが決して良くない方ですが、これまで運と縁に恵まれてきたように思います。昔働いていた会社で、クセの強いキャラクターで回りから疎まれていた上司と仲良くなったことがありました。今思えば引いてしまうほどの濃厚な時間(笑)を一緒に過ごしましたが、その人を介してたくさんの良縁や機会を得ることができましたし、今にも繋がっています。出会いは巡り合わせであり選ぶことができませんが、その人に対するこちらの態度は選ぶことができます。

話がそれましたが、オザワ指揮による私のイチオシ名盤はやはり、サイトウキネンオーケストラの幻想交響曲(ベルリオーズ)ですね。ほかにもたくさんあるのですが。。。

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